公園の猫 13

居間の扉が開くと、ゆっくり入ってきたのは倉井ではなく毛足の長い猫でした。

S子と目を合わせ、しばらく見つめ合っていましたが興味を失ったように、日の差した窓際のクッションの窪みにすっぽり収まって動かなくなりました。

後から静かに入ってきた倉井は、ビスケットとアップルティーを乗せたトレイをテーブルに置いてS子の前に座りました。

(あの子はね、もう10年になるの。産まれてすぐ家にきて、病気一つしなかったんだけど) 

倉井は話しながら、S子の方にアップルティーと小さな籠に入ったビスケットを差し出しました。

(去年の暮れにね、足を引きずって帰ってきて、病院に連れてったら骨折してたんだけど、それが治ってからも何だか元気が無くてね。年のせいもあるんだろうけど)

こちらに背を向けた猫が会話に反応して耳をパタパタと小刻みに動かしました。自分の話をしているのが解っているかのようでした。

それからS子はしばらく倉井の話を聞いていました。この大きな家に住んでいるのは倉井と猫だけで旦那は5年前に亡くなっているということでした。

亡くなった旦那は地元の繁華街で飲食店を経営しており倉井はそのサポートをしていたようですが、亡くなってから店の方はずっと一緒に働いた旦那の一番弟子に譲り、倉井も店の方には関わっておらず、 今はアクセサリーの輸入販売や、自身のハンドメイド作品を販売しているということでした。

(まだ引退するような年じゃないんだけど、質素に暮らせば働かなくてもいい財産が残ったし、もう後は自分の好きなように生きようって思ったのよ)

S子は倉井が自分より一回りくらい年上だと思っていました。実際話す声も若々しく、ソファーに腰掛けても姿勢が崩れず、華奢な身体ですが強い体幹を持っているようでした。

ただティーカップを握る倉井の手は張りがなく、痩せて、皮膚の弛みと細かなシワが目立ち、倉井の身体の中で、手だけが異様に年を取っていました。あまり見ると失礼だと思いましたが、異様に年老いたその手に視線が向いてしまいました。