公園の猫 21

倉井との久しぶりのお茶も、自分のせいで妙な雰囲気になっているとS子も自覚していました。

普段よく喋る倉井も口数が少なくなり、S子も夫のことを話してしまうと何も喋る気がしなくなりました。

半ば逃げるようにS子は、(そろそろ家に帰らないと)と独り言のように呟き、倉井は静かに微笑んで同意しました。

居間からオープンデッキに降りて、倉井にお茶のお礼を言って別れ、踏み心地の良い芝生を歩いて門の所まで来ました。門を閉めながら振り返って倉井の家を見上げると、S子はもう二度とここには来ることがないような気がしました。

門からは3段の段差があり、それを下ろうとした時でした。一瞬、上体が押されたように浮いた感覚があり、両足が離れ前方に移動したのが分かりました。体が宙に浮き、ゆっくりと前のめりにS子は倒れていきました。体のあちこちをぶつけながら最後に顔を地面にこすりつけ、その衝撃で目の前が真っ暗になりました。

小鳥が忙しなく鳴く声が聞こえました。見上げると電線の上を跳ねるように横移動しながら雀が集まっています。S子はしばらく気を失ったようでした。辺りに変わった様子はなく、どのくらいの時間が経ったのか分かりませんでした。とりあえず上体を起こそうと動くと左の足首に痛みが走り思わず声が出ましたが、口の中に入っている砂を吐き出し、なんとか体勢を立て直してヒリヒリとする顔に触れてみました。指には薄っすらと血と体液が混ざったものが付いていました。

足を庇いながらゆっくりと車に乗り込みました。エンジンをかけ車内の時計を見ると気を失ったのが一瞬だったと分かりました。車内のミラーに映った自分の顔が傷だらけで、少し頬が腫れていました。S子はシフトをドライブにし、車を発進させましたがアクセルを踏む足はガタガタと震え、車体は何かつっかえたようにぎこちなく進みました。

S子の額は汗でぐっしょり濡れていました。驚きと痛みと、そして恐怖が大きくS子にのしかかってきているようでした。

S子の頭にはさっきの記憶の断片が何度もフラッシュバックされていました。地面に体が着く前の一瞬、S子の後ろに手が見えました。そして倒れていくS子を見つめながら、倉井が静かに微笑んでいるのが分かりました。