公園の猫 20
わざとらしくも思える驚き様と、笑顔で話し掛けてくる倉井に苛立ちを覚えながらも、S子は笑顔で答えました。そして倉井はいつものように自宅でお茶でも、とS子を誘いました。
久しぶりに倉井の家の居間に上がり、S子は周囲を見渡しました。倉井のハンドメイド作品は以前と変わりなく、あのフクロウのキャラクターが焼き印された名刺入れ、夫が持っていたのと同じ物がそこにはありました。
S子は名刺入れを手に取りスマホの画像を開いて見比べてみました。写っているのは間違いなく目の前の焼き印と同じフクロウでした。
(気に入ってもらえるのがあったかしら)
気が付くと倉井がアップルティーを乗せたトレイを持って立っていました。微笑む倉井の後ろではあの毛足の長い猫が、怪訝そうにS子をじっと見つめています。
テーブルにトレイを置いて、倉井がカップにアップルティーを注ぐと部屋いっぱいに香りが広がりました。倉井に促されS子はソファーに腰掛けました。
(あのフクロウのキャラクターの作品は何処で販売してるんですか?)差し出されたカップを手に取りS子は尋ねました。
(前は置いてくれる店もあったけど、今はネットでしか販売してないのよ。売るのって作るのより大変なのかもね)と倉井はため息交じりに答えました。
(でも、私の夫があのフクロウの名刺入れを使ってますよ)
(え、そうなの?こんなに身近に買ってくれた人がいたなんて、嬉しいわ)
微笑みかける倉井をS子はじっと眺めていました。
(この間、たまたま夫のスーツを片付けた時にあの名刺入れが入っていたことに気づいたんです。夫が使っていることも私は知りませんでした)
倉井の表情から徐々に微笑みが消え、不思議そうにS子を見つめました。
(S子さん何かあったの?旦那さんと)
(何かあったというより、何かあって元に戻ったような感じです。でも以前のように元通りにはなっていないような…夫は変わってしまったような気がします)
倉井はアップルティーを一口飲むとしばらく黙り込んでいました。少し興奮したS子の、感情が収まるのを待っているかのようでした。
そして倉井がゆっくりとS子に語り掛けました。
(夫婦はね、いろんな時があるのよ。お互い変わっていくものだしね。元に戻りたくても戻れないこともあるわね。何を思っているのか分かっていても、理解しようと思わないとお互いずれていってしまうわよね)
倉井はそう言うとS子を労るように見ていました。何か言おうとしましたがS子は口を開いたまま言葉が見つからず、静かな居間には日向ぼっこをする猫が時々耳をばたつかせる音だけが聞こえていました。