公園の猫 22

S子の長い話が終わりました。

タルトを食べ終え、私はすっかり冷めてしまったコーヒーを口に運びS子の様子を見ました。話し終えた満足感なのか、S子は少し興奮したように目を見開いて、すっかり冷めてしまった紅茶を何の反応も示さず飲み干していました。

 店内は私たちと初老の女性グループだけでした。初老の女性たちの会話が尽きることなく盛り上がっているおかげで、私とS子が沈黙していても気まずさは感じませんでした。

歩いていた店員を呼び止め、私はコーヒーのお代わりを頼みました。S子は店員を手で遮るようにいらないと答えていました。

(その、倉井さんだけど、怪我してから何か連絡はあったの?)

私が質問すると、S子は私と目を合わさずテーブルの端辺りを見つめていました。少し間をあけてから連絡は無い、と答えました。

(あれだけのことをしておいて、普通に連絡してくるとも思えないけど。ただこうなってはっきりと解ったこともあるし。夫は…)

S子は一旦言葉に詰まった後、いつもの口調とは違って感情的に早口で喋り始めました。

(夫は私が倉井の家で、倉井に押されて怪我をしたって言っても何の反応も無いの。心配している口ぶりだけど、どこか他人事みたいな感じだし、あの名刺入れだってたまたま同僚から何かのお礼で貰ったっていうのよ)

(名刺入れのことは…旦那さんがそう言うならそうとしか言えないけど、その倉井さんが後ろで押したっていうのは、何か不思議な感じがするよね)

私は二杯目のコーヒーを飲み両手でカップを持ちながらS子の様子を見ました。S子は私の意見に対して何も答えず黙り込んでいました。

その後、S子と会話が噛み合わないまま店を出ました。別れ際に微笑みながらまた明日、と言って車に乗り込み去っていくS子は普段の職場でのS子と変わりがないように見えました。

しかしまた明日、と言い残して別れたS子は次の日から姿を見せませんでした。会社には体調不良だと報告していたようですが私がラインで問いかけても既読されたまま返信がありませんでした。

それから二週間程経った頃、退職します、とあっさりと会社に連絡があったようでした。