耳の治療 3

事務らしき女性が出入口のカギを開けたのは午後の往診時間ぴったりでした。

並んだ人々は粛々と受付を済ませ待合室で待機します。テレビのボリュームは押さえてあり、皆静かに見入っているかスマホや携帯をを弄っています。

私もその中の一人ですが、見知らぬ人達と静かな時間を過ごすというのは、随分久しぶりで少し戸惑ってしまいます。

時折看護師が顔を出し名前を呼ぶと、皆一斉にそちらに顔を向け、自分の順番ではないとわかると、また目線を戻します。

名前を呼ばれるのが恥ずかしいような気にもなるなと思っていると、私の名前が呼ばれました。

診察室に入ると私と同世代くらいの医師が待っていて、いくつかの質問に答えると耳の状態を確認してくれました。

よく喋る医師で、患者を安心させるために喋っているというより単純にお喋りが好きなように思えました。

私の耳の奥に光を当てながら、大丈夫ですね異常なし大丈夫と何度も口癖のように言った後

「少し痛いかも知れないですけど動かないでね」

すると看護師が私の頭を固定し、医師がストロー程の細さのパイプを耳に挿入してきます。

一瞬耳の奥でズズズズという音が大きく響くと、医師はパイプを抜いて確認しました。

「あー、だいぶ長いのが固まってましたねえ」

そう言いながら取り出したパイプの先端に、長さ二センチもあろうかという耳垢が付いていました。私にも見えるように差し出すと

「もう大丈夫だと思いますけどね、耳掃除はねあまり奥までやりすぎないように。自然に耳垢は出てくるものだからねえ」

 出てきた耳垢に恥ずかしさを感じつつ説明を聞いていました。さっきまで頭を押さえていた看護師は特に珍しくもなさそうに見下ろしています。

その後、別の部屋で詳細な聴力検査を受け、加齢による聴力の衰えは見られますが大丈夫な範囲にいます、と言う立ち会った看護師の説明を聞くと診察は終了しました。

待ち合い室で支払いに呼ばれるのを待ちながら、耳に意識を集中させ口を閉じたまま小さく声を出してみると、耳の奥が少し火照っているような感じはしますが、以前のように頭に反響するような不快な違和感はなくなっていました。

 不安になりつつも病院に行くのが億劫で先延ばしにしてきたのですが

結果的にはただ耳垢が奥に詰まっただけ、ということでした。

「耳垢が詰まって取りに来る人は意外と多いですよ」

という最後に医師が言った言葉を思い出しながら、そんな恥ずかしいものでもないのかも、と自分を納得させていました。