置き去りの仔猫

先週金曜日の夕方。

袖ヶ浦でお客様との打ち合わせを終え、木更津の顧客の所へ車で納品に向かっていました。

雨が降ると聞いていたのですが、まだ小雨がパラつく程度で、このまま納品もスムーズに終わりそうだと時折フロントガラスの雨粒を払いながら思っていました。

 ところがあと少しという所で急に雨脚が強まり、顧客の自宅手前のいつも駐車する場所着いても一向に収まる気配が無さそうでした。この納品を終えれば後は会社に戻れるのにと思うと、今日の疲れが一気に出てきたように怠くなってきました。

何も考えずしばらくボーッと車を打つ雨音を聞いて、ゆっくり流れる雨雲を恨めしく眺めていました。

すると顧客の自宅の真向かいの家の、凝ったレンガ造りの玄関に並んだプランターの間から仔猫を咥えた母猫が急に現れました。

母猫は雨がなるべくあたらない場所を選びながら、お勝手の出入口の前の、雨を避けた庇の下に仔猫をそっと下ろしました。

まだ体は20センチもないくらいの小さな仔猫でした。鳴き続けているのが震える顎の動きで見てとれます。

母猫はしばらく仔猫を見下ろした後、辺りを何度か確認した後何事も無かったように仔猫を置いて来た道を去って行きました。

私は、えっ?と思ったのですが、母猫はまるでその家に自分の子供を預けたかのようで、何の躊躇いもなく何処かに帰って行ったようでした。

雨が振り込まない程度に少し窓を開けると、心細く震えた仔猫の鳴き声が聞こえてきました。

母猫が仔猫を置いて?いや棄てていった?

そんな話を聞いたこともなく、母猫が再び訪れるのを待ってみましたが、しばらく待ってもやはり母猫は現れません。

あの母猫の後ろ姿は、二度とここには戻らない、という意思表示のように私には思えました。

 目の前で起こっていることにどう対処したものか、私はしばらく考えました。

このままだと仔猫はいずれ雨に打たれ衰弱するだろうし、もし私が、まだ仕事中ではあるが仮に仔猫を保護したとして、その後どうすればいいのか?会社に仔猫を連れ帰ったりすれば、きっと私の頭がおかしくなったのかと同僚達は笑うだろう。

そんな考えを巡らせているとおもむろにお勝手の扉が開きました。出てきたのは痩せた神経質そうな中年女性で、猫を見つけると迷わず抱きかかえ斜め前の家へと歩いて行きました。

斜め前の家の様子はこの位置からは分かりません。

しばらくすると彼女が戻ってきたのですが腕の中には仔猫の姿がありません。

どうやらあの猫の親子は、その家の飼い猫のようでした。

ホッとしたと同時に外がだいぶ小雨になってきたのに気付いて、これなら濡れずに納品出来そうだとバックを持って顧客の自宅へと足早に歩きました。

あの母猫は何がしたかったのだろう?

歩きながら母猫の気持ちになって考えてみましたが…

いくら考えても私にはわかりませんでした。